前武尊山

群馬県川場村みなかみ町(2040m)


10年以上前に群馬県立自然史博物館の仕事をして、水上の先、尾瀬の手前ののブナ林に一年間通ったことがある。そのときいつも仰ぎ見ていたのが武尊山であって、まさかあの山に人が登れるなんて思ってもみなかった。ようやく挑戦できる機会が来たのだが…。


昼過ぎに沼田駅に到着。薄陽が差して来て蒸し暑くなる。10分ほど待って川場循環バスに乗るが乗客は二人。40分揺られて、川場温泉口で降りる。
ここから2時間、8キロの歩き。県道なのでクルマはかなり通る。いくつかの村落、日帰り温泉ありの宿泊施設を過ぎる。道も山道の九十九折れになってくる。ガザッと音がする、驚いて見ると1mくらいのヘビが鎌首を上げていた。ヤマカガシだろうか。
いままでは遠かった渓流の音が近くなると、対岸にログハウス作りの避難小屋、旭小屋が見える。駐車スペースもかなりある。
細い木橋をヨロヨロと渡り、閉め切られた扉を開く。扉は二つあり、二部屋になっていて、左右同じ作りになっている。12畳ほどの広さで、コンクリートの土間に炉が切られている。板の間はキレイで、隅に座布団が数枚重ねられている。他に宿泊客はいない。渓流の水はものすごく冷たい。
18時くらいにレトルトごはんにカレーの夕食。時間はいくらでもあるのでゆっくりと加熱してみる。でもインスタントはインスタントの味。
ひと寝入りして目覚めてもまだ22時。道路はクルマが良く通る。結局真夜中まで走っていた。月も出ておらず本来なら漆黒の闇のはずだが、目を凝らすとわずかに外がぼんやりと見えてくる。テレビもなにもないから、モノを考える時間もいくらでもある。


翌日、4時起床。5時出発。岩登りのあるコースは避けて、ノーマルな縦走コースを選ぶ。車道を15分ほど行くと、左手に未舗装の道がある。しばらく行くと川場谷駐車場でクルマはここで終点だ。
ここからが登山道。天気はいまひとつ、武尊山もガスがかかってよく見えない。まだシーズンでないし、人出もないだろうし、奥地であまりに静かだろうから、今回クマ避けのベルを買った。気休めだけどね。
地面はぬかるんでいて滑る。岩もゴロゴロして段差もキツイので、場所によっては両手を使わないと進まない。
6時に岩登りルートとの分岐点を過ぎる。ここからが尾根へ一直線に登る。時折ポツポツと来るが、鳥が鳴いているので本格的な雨になりそうもない。

天狗尾根に着くと、シャクナゲが咲いていた。赤いのはムラサキヤシオか。山の中はまだ5月上旬の頃だな。


少し平坦な道が続くが、徐々に風の音が強くなる。ほとんど台風の時のような轟音だ。それでも下から吹き上げて来るだけのようで、直接強風に晒されることはない。時折風に吹かれて木々の間に溜まった水滴が雨のようにパラパラっと落下してくる。
7時にスキー場のリフトの近くを通過する。雪山のときはここから来れば良いのかなと暢気なことを考える。しかしここからがキツイ。傾斜は急になり、雨の流れた跡でえぐれた登山道を行く。何度も休息を取るが全然回復しない。ガスは益々濃くなり、気温も上がらない。レインスーツを着込むが歩かないと寒い。孤独を感じる。
9時、前武尊山に着く。なにも見えない。鉄の天蓋に守られた日本武尊銅像が建っている。

風が吹きつけ休む場所がない。早々に退散して先を急ぐ。一度下り、しばらくして右に道を巻いて進もうとすると突然、前方に雪渓を発見する。

少なくとも50メートル以上ある。一二歩雪を砕いて見ると、足場を作れないこともない。しかし、どこにも掴む場所がない。もしスリップしたら、どこまで続いているかわからない雪渓を滑り落ちていくことだろう。そこまでして足場を作って進むか。もしかしたらこらからさらに登るのだから、同じことが待っているかもしれない。そのとき引き返すとリスクは倍になる。まさかこの季節に軽アイゼンやピッケルがいるとは思わなかった。引き返すことにする。
9時30分、再び前武尊山。ここでヤケ気味にカップヌードルを食べる。さっき苦労して登ったところを下る。そろそろ膝のクッションがばかになっているので膝がうまく曲がらない。足先も痛いし、全然進まない。ここで軽装の二人組みと行き違う。何者だろうか?話をする雰囲気でもなかった。

11時にスキー場への分岐に出る。すぐにオグナほたかスキー場のゲレンデに出る。木段を延々と下る。途中からは舗装道になる。リフト二つ分下ると、また森の中の登山道になる。30分ほど歩くと、レストハウスに辿り着いた。
13時、ここで雨が烈しくなる。やー引き返して正解だったな。携帯電話のバッテリーが切れかかるもタクシー会社に繋がる。助かったあ。もし切れていたら予備の電源持ってないから。まさかこのルートを使うと思っていなかったので、近くのバス亭を調べていなかった。どれくらい歩くかわからないところだった。エスケープルートをまともに考えていないとダメだな。

タクシー散財して雨中を沼田駅に向かう。久しぶりに体力的に無理した気がする。ずっと身体が暖まらなかった。次回は反対側から武尊山に登ってみよう、夏山の季節にね。