推理作家が出来るまで

推理作家の出来るまで (上巻)

推理作家の出来るまで (上巻)

推理作家の出来るまで (下巻)

わたしにとっての小説のグルは小林信彦でして、その次に現れた指南役がこの本の著者、都筑道夫だった。もともとはミステリーマガジンにずっと連載していてそのままいつになったら一冊にまとまるのだろうかと思っていたら、いつのまにか上下巻で出版されていた。彼の書いたものを読んだ人ならわかると思うが、まったく自分のことを語るような人ではない。が本書に書かれているのは生まれ育った、目白、早稲田界隈の昭和初期の風景、それが東京大空襲ですべてが焼き尽くされ(このあたりの描写は圧巻)、戦中戦後の人間のエゴ丸出しの姿。それにひたすら背を向けるように、入り浸った映画館、寄席、舞台の記憶。やがてカストリ雑誌の編集者になり、講談のダイジェスト読み物を書くことから、職業作家への道がはじまる様子。高校中退でまったく英語がわからなかったのに、ミステリ短編の翻訳を任され間に合わなくなって、後半は創作したというエピソード。「エラリークイーンズ・ミステリーマガジン」編集長時代、ライバル誌の「ヒチコックマガジン」の中原弓彦小林信彦)のことは、センスはあるが若い、とほとんど相手にしていなかったことにふーんと思う。その自負はキャリアの差だったのでしょうな。初期の小説の映画化。「紙の罠」が『危いことなら銭になる』(中平康監督)。「三重露出」は『俺にさわると危ないぜ』(長谷部安春監督)。「飢えた遺産(なめくじに聞いてみろ)」は『殺人狂時代』(岡本喜八監督)。『百発百中』(福田純監督)のオリジナルシナリオ。ほかにも「キャプテンウルトラ」の監修に、「キーハンター」の原案も行っている。
わたしの好きな「猫の下に釘をうて」が実在の人物たちとどう重なるかを知り、だから生々しかったのねと思った。
そして、この本は、戦後日本推理小説界の金字塔「謎と論理のエンターテインメント」である物部太郎三部作と評論集、「黄色い部屋はいかにして改装されたか」が書かれようとする前で終わる。
著者に興味がない方は、何度もわざと資料を見ないで書いているので話が前後したり、繰り返して同じエピソードが語られるとイヤになるかもしれないです。そんなところは飛ばして読んでも一向に構わないでしょう。これに手を入れていないのはたぶんに単行本にする意思がなかったのだと思いますがどうなんでしょう。都筑道夫マニア限定のお薦めです。そうでない方はまずは小説からどうぞ。