大岳山

6時に出発すると東より陽が昇り、朝焼けが近くの雪の残る山々をすこしのあいだだけ赤く染めた。「朝焼けは羊飼いの喜び」なので今日は晴れることを確信して、五日市に向かう。
先週と同じルートで払沢の滝に8時着。地面が凍結しているのでちょっと滑る。道路をテクテクと登山口に向けてしばらく歩く。
寒いけど氷点下でもなし、陽が少しずつ差し込み、空は真っ青で山に積もる昨日かおとといに降った新雪の白がまぶしく、空気も凛として澄み切って気持ちが良い。
千足地区の登山道入口の道標に従い、沢の横の舗装された林道を上がる。途中からなかなかの急坂になる。
坂で追い抜いていった家族連れのクルマが通行止めにされた手前の空き地でUターンしていた。滑って脱輪しないように必死に転回しようとしている親を尻目に雪で遊ぶ子どもたち。そのギャップがおもしろかった。
ここから先もしばらく舗装道なのだが、凍結が甚だしく気を抜くとツルリといってしまうほどだ。幸い雪が点在してたのでそこをスリップ止めにして踏んで歩いた。車道が終わり森の中に入っていき、杉林のあいだを緩やかに高度を上げながら行く。
奥多摩の杉林の木々は細いが高さは10メートル以上あり立派だ。登山道は曲がりくねっていて雪が積もるとわかりにくいが、先行者の踏み跡があったのでそれに従い迷うことがほとんどなかった。
何度か沢を渡り大きな岩を回っていくと急に滝つぼが現れる。天狗の滝だ。高低差10メートル以上でなかなか壮観。ここで9時。
一休みしてさらに進む。天気が良くなってきたので、雪が融けてときどきアタマにどさっと落ちてくる。つばあり帽子は必需品。この登山道は関東ふれあいの道という名で整備されていて道標も数百メートルおきにあるので安心できる。
20分ほどで次の綾滝に到着。高さは先ほどの滝よりあって20メートルくらいだが、白糸のように岩を伝い滑るように落ちてくるので勇壮というよりはやさしい感じのする滝だ。すぐ傍には不動明神が祭られていた。ここの休憩ベンチで着替えをする。気温が上がってきたのでTシャツとフリースだけで充分。ウインドブレーカーもネルシャツもいらない。
ここから少し進むと尾根沿いの坂になり、「ここより悪路危険」と看板が出てくるが、いまさらどうしろと言うのか。無視して登るが、だらだらと急坂が続くし滑りやすい。足場を確認しながら登るのでえらく時間がかかる。
40分かけて10時過ぎにようやく縦走路との分岐点に着く。ここらに大きな岩のつづら岩があるっていうけど、どこにあるのかなと頭上を見上げるとデカッ!ロッククライミングができる垂直に30メートル幅500メートル(大袈裟かな)はありそうな巨大な岩場があった。2時間サスペンスのラストシーンが撮れそうな景色だ。
それはともかくだな、ここで困った事態になった。先行する足跡は私の行くのと反対に曲がっていて、大岳山方面にはなんの踏み跡も無い。うーむ。恐る恐る進むとズボッとくるぶしまで埋まる。まあ片方が崖だけど整備されている道だから急に狭く険しくなることは無いだろうし、時間も早いから行ってみようと足を出すとさらに埋まる。要するにもともと柔らかい根雪が積もっていて、さらに新雪が積もったので場所によっては合計50センチ近い積雪ということなっているのだろう。道すじはそこの部分だけ雪が少なく窪んでいるので簡単に判別ができる。
ゆっくりと進んでいくとすぐに尾根伝いの道になり転落の恐れはなくなり安心する。
スパッツが無いのでまたまた足元に雪が入ってくる。ここで気づいた。いま履いているイージーパンツは足首をキュッと細めるゴムがついている。これでスパッツの代わりにならないだろうか、とやってみるとうまくいった。靴とパンツの隙間から雪が入らず快適だ。いいじゃんこれ。1000円のイージーパンツ偉大なり。
さて道はアップダウンを何度も繰り返しながらひたすら進む。
最後の急坂を滑りながら登ると11時過ぎに富士見台の展望台に着く。屋根のあるあずまやがあるので助かる。ここから目的の大岳山が眼の前正面に見える。でも道はぐるっと尾根を左に大きく回り込むのだけどね。残念ながら富士山は見えず。あまり腹も空かないが早いけど、この先に座れるようなところが無さそうなのでここでパンの昼食。
一休みする間もなくすぐに出発。ここからは傾斜はないがさらに雪が積もっていて、進むうちにラッセルで掻き分けているようになる。頭をよぎるのはここでもし骨折や捻挫でもしたら大変だということばかり。
30分後下りの白倉登山口との分岐点に着く。この先は大岳山頂まで行って戻るピストンになる。
相変わらずこのあたりも踏み跡なし。大岳山に近づき中腹部を右に迂回しながら崖沿いの道を進む。しかし小さい雪崩が起きたのかなんと道が50メートルくらい塞がれている。がーん。どうしたらいいのだろうか。進めるのか?ここまで来たのに戻って別のルートから山頂に行くかあきらめて下りるか地図を睨みながらすばらく悩む。
とそこにあとから息を切らせた若者が突然現れ、軽く挨拶を交わすと私を追い越していった。見ていると崩落した現場をものともせずに大胆に駈けるようにしてバランスを取りながら一気に通り過ぎてすぐに姿が見えなくなる。
マトリックス』のトリニティの壁走りのようだと唖然として見送る。森の天狗なのだろうか?でもこれで踏み跡ができたのだからラッキーだ。たぶん山の神様かもしれない。
それでもゆっくりと一歩一歩進み大岳山荘のあたりに出て、ほっと一安心。
ここから鳥居をくぐり大岳神社というには小さな小屋脇にザックを置いて山頂を目指す。滑る滑る。軽アイゼンつけてもダメ。近くに掴めるものが全然無いので進まない。コケないのが不思議なくらい。それでも岩場を抜けてようやく山頂に到着する。12時20分。
人が10人くらいはいて昼飯を食っていた。西の方角が暗く雪雲のようで、また東の丹沢方面が曇っていて、展望はそれほどでもなかった。
なんか半端な気分だが仕方なく下りることにする。ザックを回収して同じ道をひたすら戻っていくといつの間にか踏み跡が増えている。
そーか歩く時間が早すぎたから誰も通っていなかっただけの話なのか。新雪を踏む喜びと道を作る苦労のバランスをどう考えるかだなあ。
下りの分岐点でも誰か通っていたので、足跡を追ってそこそこに気を抜いて進む。ひたすらジグザグに下りていく。大岳神社の裏参道なのだというが、杉林のなか展望もなく景色が変わらないので退屈しきり、単調なコースで飽きる。それでも90分は歩くことになる。
15時、白倉の里に出たらなんと粉雪が舞っているではないか。きれいだが、山の中でこれに遭遇したらちょっと焦っただろうな。ここからゆっくり歩いて里を行く。ずいぶんログハウスのような家もある。自販機で買った暖かいお茶がおいしい。払沢の滝の駐車場に戻ると雪は止んだ。
7時間30分ほどの周遊コース。奥多摩も結構広いなあ。今度はもうすこし景色が良いところに行こう。

http://www.keihin.ktr.mlit.go.jp/special/trekking/05.htm