鳴神山

G県K市は関東平野の北部山地がはじまる南端の斜面に位置し、清流で知られるW川が市を横切っている。東京からは急行電車で一時間四十分の距離にあり、市の玄関口のK駅の他に二路線の鉄道駅が狭い地域に集中する北関東の交通の要所となっていた。また昭和30年代までは繊維産業で栄え「西の西陣、東のK」と言われるほどの発展振りであったという。今も往時の面影を残す古く堅牢な建物が点在している。無頼派の小説家坂口安吾が地元の後援者を頼り、その終焉の地となったことでも知られている、人口は十万人を数える地方都市である。(清張チックに)
薄曇の天気の中、午前9時、駅の北側の小高い丘にある吾妻公園駐車場から出発。ココ自体が山の入口に位置していて、本日の目的地の鳴神山まで、北へと伸びる尾根を延々と10キロくらい縦走して行くコースとなる。今日は珍しくパワー登山の友人氏が同行する。彼は先日別の山で出会った山のプロ(一日で70キロ歩いたこともあるそうだ)に、同行者が遅いので(私だ!)残してひとりで先行したことを話したら、「それは岳人にあるまじき行為だ」と叱責されたらしく、今日はゆっくり行くと宣言している。彼がその心がけを忘れないうちに粛々と出発する。
山は色づき始め、落ち葉も多く明るい登山道をサクラクと歩く。1時間で着いた吾妻山からは眼下の市内が箱庭のように見える。軽装の登山者が多く、地元の人が運動のために登る散歩コースとしても定着しているようだ。なぜか桐生の人は話好きでにこやかに雑談に応じてくれる。
このルートは小さな山々をいくつも越えていくので、アップダウンが多くあり、起伏に慣れるまでがしんどい。
行程を半分ほど行ったところで昼食。友人氏は一昨日買ったというストーブ(ボンベ付きのコンロね)を自慢げに取り出し、カップラーメンを作ってくれる。冷え冷えする山ん中で暖かいインスタント麺を啜っていると、すごい贅沢をしている気分になる。1時間近くコーヒー飲んだりしてぼっーっと過ごす。
秋の陽は短いので先を急ぐ。しかし全然他の登山者とすれ違わない。2時間ほどで鳴神山山頂に到着。真冬に来ると景色が良さそうだけど、今回はガスっていて眺望はなし。近くの山は紅くそろそろシーズンの終わりか。
下りの涸れた沢沿いの開けた道を行くと、まるでカレンダーの11月の写真、「京都・深山の寺院庭園」と言っても通用するほどの光景が広がり夕日の光線の柔らかさと一体になり、なんともゆったりした空気に包まれる。本日のハイライトですなあ。
登山入口まで下山するとあたりはまっくら、実質6時間のゆったり歩き。
市内に戻り、駅前の昭和40年頃の開業に違いない駅前食堂、吉川屋で当地の名物「ひれカツ丼」を食らう。むかし懐かしい赤みのひれカツにウースターソースがかかった丼。700円でちょうど良い味。ついでに古い木造建築の銭湯で汗を流す、330円也。親切にも店の前にクルマを停めてイイという。大正ごろからの営業で、裏にたくさんあった織物工場に勤める住み込みの女工さん相手に始めたという。そのころは織機の音がうるさかったが、いまじゃ全然と聞こえないという。貸しきり状態の湯船に浸かる…、うぅっ熱い。
ゆったりまったり安く一日過ごせました。
http://www.tobu.co.jp/monthly/may99/map05.html