睡魔 

睡魔 (幻冬舎文庫)

睡魔 (幻冬舎文庫)

 これは作者のクロニクルでいうと、「血と骨」の中盤で、東京に逃げた長男が、「タクシー狂騒曲」の舞台を、事故で去ったあとの事件である。
 何度も指摘しているが、梁日石は実体験を基にしたものが抜群におもしろい。それは裏返すと著者の欠点でもあるのだけれども。
 事故でタクシー運転手を辞めた在日の作家でもある、主人公はかれと同じく出身地の大阪を追われ、東京に出てきた友人とともに、健康磁気ベッドの販売にはまって行く。
時期はバブルの前夜、お判りだと思うが、ただの訪問販売ではない。ネズミ講式のマルチ商法なのである。最初は嫌がっていた主人公は、売上を伸ばしていくうちに、どんどん金銭感覚が麻痺して行く。と同時に人間的にもボロボロになっていく。
この商法は、自己開発セミナーとセットになっており、その講習会の様子がこと細かに書かれ圧巻だ。後半、販売組織がヤクザ紛いの集団になっていくところなど、 悪が悪を呼ぶ、一流のピカレスクロマンになっている。このアクの強さがこの小説のおもしろさ。
 作者の分身の主人公が、この仕事に批判的である割には金儲けの中枢にいたりする矛盾があるのだが、それが読み手を混乱させられる。主人公が格好良すぎてキタナイことしないように書かれるのが、作者の小説の限界であるんだけど、それを突っ放せればもっとおもしろくなるんだけどなあ。