ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学

ダリオ・アルジェント―恐怖の幾何学

ダリオ・アルジェント―恐怖の幾何学

労作です。個人の情熱でここまで好きな映画監督について書けるなんてすばらしいです。アルジェントの全作品を、ストーリー、製作までの経緯、キャスティング、撮影、編集、音楽、劇場公開、その後まで丹念に調べ上げ、加えてテレビ番組、CM、プロデュース作品、ゴブリンについてまでも(!)細かく紹介されてくる。
作品を中心に書かれているにも係わらず、当時のイタリア映画界の情況などの裏話や細部にも目が行き届いている。そのことで編年体のようにアルジェントの私生活まで浮かび上がってくるのは、アルジェント一族が三代に渡って映画をファミリービジネスとしてやっているからかもしれない。ある意味、半自叙伝になっているからファンには楽しいだろう。
わたしが観ているアルジェント作品は、『サスペリア』『サスペリアPART2』『ゾンビ』(観たのはロメロ版かな)『インフェルノ』『オペラ座/血の喝采』だ。…ヌルイですなあ。
アルジェントは、よく意味不明な殺しのシーンや、摩訶不思議なキャメラワークにのめりこむために、ストーリーが脱線してしまう。そのために失笑されて、評価が低かったりすることが良くある。わたしもそうでした。(『インフェルノ』のあのコックは誰だったのでしょうか?)
本書を読むと、そのあたりがアルジェントの情熱というか衝動として、滑らかなストーリーを語るよりも、あるいは映像美学よりも、バランスを崩してでもどうしても優先したいという気持ちが沸き起こってくるのだということがよくわかる。
お馴染みの黒手袋の殺人シーンは、監督が自ら嬉々として手袋をして演じるというあたりにその本気さを感じますが、うーむ。
また作品のメインのアイディアに(犯罪)科学的な仮説を持ってくるのが好きだという態度が一貫しているのに驚く。『わたしは目撃者』『フェノミナ』『スタンダール・シンドローム』など、ああなるほどと納得する。それはデヴィッド・クローネンバーグブライアン・デ・パルマに通じるものがあるよね。ってもとを辿るとヒッチコックなのかな。
そこにスーパーナチュラル(魔女)とジャーロ(謎解き)が入り込み渾然一体となっていき、それを独特の映像スタイルと音楽が包み込んでいく陶酔の世界感がアルジェント映画の魅力なんだということに気付いた。
サスペリア』って、50年代のテクニカラー三色分離方式で撮影したことをはじめて知った。彼の助監督で、のちにプロデュースしたミケーレ・ソアヴィの作品も面白そうですねえ。
作者の贔屓の引き倒しになりがちな本を、自分の解釈を押し付けるわけでもなく、読み手がいろんな方面から自分なりに切り取って分析していくことができる。初心者からマニアまで誰にでも楽しめる編集になっていて、アルジェントの作品世界をより深く楽しめる好書です。


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