だれかわかるだろうか

10年くらい前に、ドイツでの仕事が終わって一日休みがあり、旧東ドイツにあるベルリーナ・アンサンブルに行ったことがある。ご存知の通りベルトルト・ブレヒトの劇場だ。
ブレヒト劇というものを見たいと観光客モードでチケット窓口まで行ったは良いが、何を上演しているんだかわからない、不親切なヨーロッパによくある感じで小さな案内板にチョコチョコっと書いてあるだけ。しかもドイツ語のみ。残念ながらブレヒトはやっていないようだが、よくわからないまま土産話になるからまあいいかと、秋の夕方暗くなって街灯が点くころ劇場に入った。
中は思ったよりこじんまりとして二階の桟敷席がある。椅子も硬い木の背もたれで昔ながらの学校の講堂って感じか。場内はそれほど客もいない、むしろ閑散としていた。
上演時間になったが、客席も暗くならず幕も上がったままなんの装置も無い。どーなるのかなと、思っていると、突然二列後ろの席から人がふたり立ち上がる。それがメイド服の金髪碧眼の女性たちで、ユニゾンで早口に喋り出す。続いて二階席の労働者風の服装の男が立ち上がりセリフを云う。おおこれがブレヒト名物、異化効果じゃないかとひとり喜ぶ。あれだね無表情で感情を込めず云うにせよ西洋人のお人形さんみたいな顔じゃないと説得力ないよね。などと思っているうちに舞台に中心は移り、セリフ劇が進んでいった。
と思うのだが、この辺言葉がわからないし記憶があいまい。ストーリーがあったかどうかも定かではない。
そして、半ば頃になると、いつの間にか場内も舞台も暗くなり舞台の上には全裸の男女が20名くらい立っている。顔も姿もかすかに判別できるくらいしか見えない。やがて彼らは舞台の上手下手前後に向けてゆっくりと規則正しく、ひたすら歩くスピードで気だるげに踊り出す。それが延々と休むことなく続き、やがて役者のハアハアという呼吸の音が大きくなるにつれて、彼らの体臭と汗の匂いが客席まで届くようになる。疲れのため動きはバラバラになるがそれでも運動は止まらない。最後にみな倒れるようにして突っ伏し、舞台の上の動きはすべて止まり静寂が訪れる。あとはどうやって終わったか覚えてないんだけど、なんかすごいもの観ちゃった気がした。
日本に戻ってから、ブレヒトの戯曲集を読んで、ああこれだなと見つけたつもりでいたが、昨日今日と急に気になり出して、題名はなんだっけと調べ直しているけど当該の作品が無い。一体なにを根拠に私は見つけた気になったのだろうか、謎だ。
でも調べていくうちに私の観たのはブレヒトではなく、どうやらハイナー・ミュラーの作品だったような気がする。すごく気になるけど、演劇って再現性がないから映画や本などと違ってなかなか解決しないよねえ。