ビリー・ワイルダー 生涯と作品

ビリー・ワイルダー―生涯と作品 (叢書・20世紀の芸術と文学)

ビリー・ワイルダー―生涯と作品 (叢書・20世紀の芸術と文学)

日本人はビリー・ワイルダーが大好きなので、いままで何冊も本が出てますが、これが一番充実していて面白い。著者が長年にわたりワイルダーにインタビューしたものをまとめているので、最近流行りの喋れ喋れの性急なインタビュー本や穿った見かたのフロイド的解釈の伝記本とはちがい、他の本には記されていない細部が次々と語られていてたいへんお得です。
ワイルダーの警句が数限りなく出てきて、これが抱腹絶倒です。ワイルダーが好きな方は必読の書です。

「(前略)順応性がなければいけないよ。シネマスコープが登場したとき、わたしは二匹のダックスフンドのラブストーリーを作ろうかと思ったものだ。」

「(前略)神は消しゴムのついていない鉛筆で書いているんだ。過去を振り返るのは好きじゃない。『もし何々だったらどうなった?』などと言っても何の役にも立ちはしない。“たら”と“れば”のなかで溺れてしまいかねないよ、とくにわたしのように九十をすぎたらね。“たら”や“れば”を言うとしたら、『ヒトラーが女の子だったらどうなっていただろう?』ということを言ったほうがいい。」

(ミュージカルになった『サンセット大通り』の初日に呼ばれ、ミュージカルを観たあと)「あれはいい映画になるね」


ビリー・ワイルダーが、自分は監督よりも脚本家だと公言して、共同製作者たちと緻密に仕事を築き上げてきたのかがよくわかります。おもしろいのは初期の脚本家、チャールズ・ブラケットワイルダーと反対の保守的な人間だったがアメリカの風俗については詳しかったが、逆に後期の脚本家、I・A・L・ダイヤモンドは東欧の出身で礼儀正しく控えめな人物だったりする。そして時間をかけたシナリオなので絶対に一文字でもアドリブを許さなかった。
往時のブロードウェイなどの演劇界よりも、遅れた映画の検閲の仕組み中で、ワイルダーがどう作品を骨抜きにならないように悩んできたのか。ハワード・ホークスヒッチコックとは、またちがう角度から検証しないといけないだろう。
また『七年目の浮気』も『アパートの鍵貸します』も、デビッド・リーンの『逢びき』から着想を得ているのは面白いな思います。

「『アパートの鍵貸します』が言わんとしているのは、“高潔な人間であれ”ということだ、と書いた批評家がいた」ワイルダーは言った。「その意見には賛成するが、私としては、フラン・キューブリックのせりふ、『わたしってバカね。女房持ちの男との恋にマスカラは禁物なのに』のほうが好きだね。
 でも『あなたの映画のテーマは何ですか?』と訊かれると、わたしはいつも『フォークではスープは飲めないということさ』と答えているんだ」