アメリカの秘密戦争

アメリカの秘密戦争―9・11からアブグレイブへの道

アメリカの秘密戦争―9・11からアブグレイブへの道



著者はベトナム戦争のソンミ村の大虐殺を報道し、イラク戦争ではアブグレイブの虐待をスクープしたジャーナリストだ。その彼が911からイラク戦争まで、政府、軍部、情報機関でなにが起きて、なにが隠されてきたのかを検証する。毎日テレビニュースで見ていると感覚が麻痺して見過ごしてしまう個々の事件が、流れで解説されると一気に繋がってものすごくスリリングです。
アブグレイブ刑務所での捕虜虐待で隠されたのは、名前も階級も名乗らず私服で歩き回っていた米軍の特殊部隊の兵士の存在だった。一体、田舎出の兵隊が捕虜を裸にしたり犬をけしかけたりする、イスラム社会で最大級の屈辱とされる効果的な拷問を考えられるだろうか。
クリントン政権時代の世界戦略は国際協調だった。だからビンラディン巡航ミサイルを一発撃ち込むにも司法手続きが必要で、何度もテロリストたちに逃げられていた。アフガン戦争では、対テロ戦争ではそれは生温いとされ、相手に素早く対応するには、法の外で活動する仕組みが必要だと考えられた。
そこで対ゲリラ戦のエキスパートの特殊部隊の登場になる。アフガニスタンジュネーブ条約無視の自白拷問がそれなりの効果を出したことで、その後グアンタナモアブグレイブでも同様の手続きが行われることになった。実際グアンタナモの責任者がアブグレイブにも来ていた。
この事件で政府は特殊部隊の存在を隠し続け、結局裁かれたのは直接手を下した新兵たちだった。
ブッシュ政権イラク戦争を推し進めたのが、ネオコンの存在だ。ネオコンの中心人物ウォルフォゥウィッツ国防次官(現世界銀行総裁のはず)らは、シカゴ大学のレオ・ストラウスの基で学び世界観に影響されていた。
「孤立したリベラルな民主的社会がたえず海外の敵意を抱く集団の脅威にさらされており、強力な指導力のもとでその脅威と果敢に対決しなければならない」というのは、そこかで聞いたことないか。ブッシュ政権がどれだけネオコンの影響を受けているかがわかるだろう。
ストラウスが有名だったのは、どちらかと云うとトンデモな説の大学教授だったからだ。
「古代哲学者の著作には秘伝の教義が隠されていて、真実の意味を理解できる者はごく少数であり、大多数が誤読している」
そして
「政治の世界は、欺瞞ときわめて近い関係にあるという可能性を忘れてはならない。当然ながら、政治の世界では欺瞞はあたりまえで、欺瞞のない政治を打ち立てることを期待するのはおろか、望むことすら特異といえるのである」
「優秀な政治家は少数の側近グループの協力を得て、裁定を下す権限を持つべきだという考え方をしている。王様の耳にささやく人間が、王様よりも重要な存在になる」
あまりに禍々しいが、これがアメリカの指導層に信奉されて現実になっているのは見ての通りだ。
イラク戦争開戦の口実のひとつに、イラクニジェールからウランを大量購入しているという政府の資料が明らかにされたことがあった。
これはイタリアの雑誌に持ち込まれた文書で、編集者は真偽の確認のためにアメリカ大使館に持ち込んだ。CIAはこれを見て一笑に付したが、念のためにジョゼフ・ウィルソン元大使に現地調査を頼む。8日間かけて政府の高官と会いウラン鉱山を訪問して、この資料は偽造と結論付けた。同じ資料を手に入れたIAEAの幹部は、ネットの検索機能を使い、数時間で同様の結論を得ることができた。そもそもウラニウムの採掘量は厳重に管理され、先々の受け渡し先も、フランス、スペイン、日本と配分されることが決まっており、大量に横流しすることは不可能だったのだ。
しかし数日後のブッシュ大統領の一般教書演説でこの資料のことが言及された。まるで既定の事実のように世界中に国家のトップが公式に発言したのだ。
ここで問題となるのは、真偽が確かでない怪しげな資料が、吟味するはずの数多くのスペシャリストの情報スタッフのふるいに掛けられずに大統領まで上がってしまう、ホワイトハウスの管理システムの不全なのだ。
ネオコンの考え方だと、大量破壊兵器の存在の証拠が見つからないのは、敵が用心深く隠し味方の情報部が怠慢だからだと言うことになる。だからネオコンが直接介入して手をくだすことにする。そして捨て置かれた愚にもつかない怪しげな資料を見つけると「ほらあったじゃないか」となる。それは情報のプロが除いたものだからと云っても聞かない。挙句の果てに情報部を飛ばして直接ネオコンに資料を上げるルートを作る。これが発見されない大量破壊兵器騒動の真相だったのだ。
この騒動の責任は、CIAにすべて被せられた。そしてニジェールを訪問したウィルソン大使は、のちに政府からマスコミに妻がCIAのスパイだということをリークされて、報復を受けた。これはニュースでも散々流れたと思う。ことの真相はここにあったのだ。
イラク戦争の際ラムズフェルド国防長官は、「安く早く」で終わらせようと、参謀本部の作戦を何度も変えさせ、圧倒的な陸軍で制圧するというクリントン時代からの将軍を、「高いし遅い」と更迭し、結局彼の作戦に同意したイエスマンばかりになって戦争に突入することになってしまった。世界最強の空軍力と特殊部隊の力でどうにかなると、マスコミに喧伝しているプロパガンダに自ら信じ込んでしまい、ベトナム戦争の教訓を活かせず泥沼にはまり込んでいる。
まだあまり表面化していないが、ブッシュが署名した大統領による暗殺指令が特殊部隊によって実行されており、その指揮と実権をラムズフェルドが直轄している動きが、これから問題になると思われる。この人狩りは「汚い手には汚い手を」「テロにはテロを」だ。
無人爆撃機プレデターが、アルカイダの幹部を暗殺したことは報道されたのでよく知られている。諜報の闇の仕事でもなく、国家の正規軍が白昼堂々他国で暗殺を行っているというのは異常だ。これはベトナム戦争のときに発せられたフェニックス作戦と同じで、著者は無意味な被害の拡大に繋がることを懸念している。ニュースでよく出てくる、イラクでの特殊部隊による掃討作戦というのがこれに当たるのではないか。イラク諜報機関が手引きをして、アメリカ軍が攻撃する。はたしてターゲットが正しい相手かどうかアメリカ軍にはわからない。もしかしたら現地の情報提供者の私的報復に利用されているかもしれない。アメリカの軍部もマスコミも否定し続けているが、これはまさにベトナムの再現だとしか云えない。
連日報道されている、優秀な特殊部隊、ピンポイント爆撃、アメリカの圧倒的な物量というのが果たして真実なのか、日々のニュースの表面だけを見ていると本質がみえなくなる。
個々の兵器が優秀でも、そこに至るまでの情報ルートや情報の精度、プロの審査が無視され、指令(政治家)層の思い込みを納得させるために暴力が発動されているに過ぎないことが段々わかってくる。イラク戦争がなぜ膠着しているのかが理解できる好書です。